南溝手遺跡現地説明会が開催されました

南溝手遺跡現地説明会の様子

南溝手遺跡現地説明会の様子

先日から各報道機関で発表されているとおり、総社市にある南溝手遺跡で現地説明会が開催されました。

南溝手遺跡は縄文時代後期から近世まで断続的に営まれた集落遺跡です。平成3年度の岡山県立大が建設の伴う発掘調査で、福田K3式という瀬戸内の縄文後期最終段階の土器に残されていた籾圧痕が発見され、縄文稲作の存在を巡って大きな注目を集めました

今回の調査は県道の付け替え工事に伴うもので、岡山県立大学から延びる微高地南側の調査です。新聞発表でご存じの方も多いと思いますが、弥生時代前期から後期にかけての集落遺跡が見つかっていて、特に弥生時代後期末頃の五角形住居の発見で話題となっていました。

 五角形住居自体は近辺の津寺遺跡や百間川原尾島遺跡でも見られるものです。岡山県内では弥生時代後期末頃から古墳時代初頭にかけてこうした多角形住居が見られるようになります。

五角形の竪穴住居

五角形の竪穴住居

関西地方や九州地方では弥生時代後期前半には方形の住居が大半となり古墳時代のスタンダードになります。でも岡山県内では弥生時代中期の終わり頃には小形の住居(よいうより作業・炊事小屋)等は方形になるのですが、中形~大形の住居は円形であることが多く、古墳時代初頭でもまだ円形住居があったりします。

さて、今回見つかった住居にはベット状高床部など、古墳時代にも継続する新しい要素が見られますが、その他の屋内施設に関しては保守的で、中央土壙として弥生時代後期の住居に多く見られる、深く不正形の土壙が掘られています。

こうした多角形住居が九州地方や関西地方の方形住居の影響のもと出現したことは十分に考えられるのですが、その変化の過程は十分に検討されているとは言えません。弥生時代後期から古墳時代にかけての住居と集落構造の変遷は、かなりおもしろそうなテーマですね。

美作国府跡現地説明会へ行ってきました

美作国府現地説明会の様子1

美作国府現地説明会の様子

去る14日に開催された美作国府跡現地説明会へ行ってきました。

ここ美作国府跡では岡山県古代吉備文化財センターが平成18年から調査行っており、今年度の調査でも国府関連の遺構が見つかったとのことです。

調査現場では奈良時代から平安時代のかけての建物、井戸、溝、柱穴などが見つかっていて、調査もほぼ終盤といったところでした。

調査者の方によれば、奈良時代の建物はちょうど北方向を向いて、それに直行する方向に掘られた溝は国府造営時の方格地割のあり方を考える上で重要のとのことでした。今年度調査区の近くでは奈良時代の役人が身につけていたとされる方頭大刀や同時代の大形建物が見つかっているので、美作国府の中枢の様子を伺う資料が揃ってきたといえそうです。

平安時代の井戸

平安時代の井戸

平安時代の遺構としては井戸と建物が見つかったそうです。時期としては勝間田焼の出土する平安時代おわり頃とのことです。これまでの調査でもこの時期の井戸が多数見つかっており、この頃国府近辺で活躍した初期武士団の活動を考える資料といえます。

見つかった井戸の中には木枠が残るものもあり、写真で示した縦板の残る縦板組のもの以外にも、井戸筒に曲げ物を使った痕跡を残すものもありました。

美作国府跡での調査は今回で終了とのことです。3ヶ年に渡る調査で、美作国府の前史も含めて、いろんな調査成果が得られたとのことで、報告書がすごく楽しみですね。

美作国府跡現地説明会が開催されます

岡山県古代吉備文化財センターでは、来る6月14日(日)に津山市山北にある美作国府跡にて現地説明会を開催するそうです。

昨年度の美作国府跡現地説明会の様子

昨年度の美作国府跡現地説明会の様子

美作国府跡では平成18年度から同センターによる調査が行われていて、これまでにも奈良〜平安時代にかけての井戸や建物などが見つかっており、国府政庁の範囲とその変遷を知る手がかりが得られつつあります。

昨年度の調査でも奈良時代の大井戸の中から檜扇が出土したり、奈良、平安時代の建物が見つかったことで注目を集めたところです。

写真を載せている昨年9月に開催された現地説明会も盛況でしたし、今年度の調査成果も期待できそうですので、ぜひ行ってきたいと思います。詳しくは下記のリンクから。

美作国府跡現地説明会のご案内