
南方遺跡で見つかった溝
先日25日に開催された南方遺跡現地説明会へ行ってきました。当日はあいにくの雨模様でしたが、たくさんの考古学ファンだけでなく、マスコミ関係者まで集まる盛況ぶりでした。
さて、ここ南方遺跡は前回お知らせしたとおり弥生時代中期を中心に形成された遺跡で、これまで岡山市教育委員会や岡山県古代吉備文化財センターによる調査が何度か実施されています。
また、最近の調査では、この遺跡が弥生時代前期後半には形成され始めていたことが明らかになりつつあります。今回の調査でも弥生時代前期後半の溝と井戸が見つかったとのことで、早速行ってきました。
左の写真が今回見つかった溝です。この場所はちょうど南方遺跡の弥生時代集落の南西隅にあたります。写真奥で2条に分かれていて、向かって右側、つまり集落の中心部分の端に柵列があります。調査者の草原さんによれば、その柵列の切れた場所には柱穴があり、溝を渡る橋があった場所ではないかとのことでした。そして、橋や柵列との一関係からこの場所こそが集落の入り口であると考えられるそうです。また、そのすぐ脇に井戸があり、これは集落に入る際に禊ぎを行った場所ではないかとのことでした。
また、京都府弥生時代市田斉当坊遺跡の例とあわせて弥生時代前期〜中期前半の集落には入り口近くに井戸を作る決まり事あったのではとの仮説を提唱されていて、興味を惹かれました。
弥生時代中期中葉の岡山市百間川今谷遺跡では集落の一角に20基を超える井戸が掘られていて、この頃から沖積地を中心にして井戸を掘削する風習があったようです。また、井戸は生活用水を得るだけでなく、祭祀の場としても重要であったことが出土遺物などから指摘されています。
今回の例はこれまでのところ岡山県内の井戸の最古例であり、当初から禊ぎなど祭祀と関連するものであった可能性が出てきたことはかなり重要な発見と言えそうですね。
| 2009年04月26日 22:53
| 岡山県考古学情報, 現地説明会情報
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今週末の25日(土)・26日(日)の両日、岡山大学文・法・経済学部講義棟26番教室にて考古学研究会総会・研究集会が開催されます。
今回の研究集会のテーマは「親族と社会関係」です。原始・古代社会の親族組織、すなわち血縁や婚姻を媒介にした集団関係は考古学では頻繁に取り上げられるトピックの一つです。近年では田中良之さんの古墳時代の人骨の分析から、親族構造の推移を考察した研究が有名ですね。調査報告・研究発表は以下の4本とのこと。
常松幹雄さん 「早良平野の弥生時代墳墓−浦江遺跡第5次調査を中心に−」
舟橋京子さん 「古人骨から見た縄文時代の社会集団」
設楽博己さん 「祖先祭祀と集団関係」
藤井 整さん 「近畿地方弥生時代の親族集団と社会構造」
ほかにも「現代社会と考古学」と題した講演・報告と、新企画のポスターセッションも実施されるとのこと。それに恒例の図書販売も楽しみですね。
というわけで日曜日には顔を出しに行くかな。
考古学研究会第55回総会開催要項
| 2009年04月22日 00:09
| 岡山県考古学情報, 考古学研究会
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2月の南方遺跡現地説明会の様子
岡山市北区南方にある南方遺跡で実施されている岡山市教育委員会の調査により、弥生時代前期の溝や柵列などが見つかったそうです。
南方遺跡は主に弥生時代中期の岡山県を代表する拠点集落として著名で、2月にも隣接地の調査区で弥生時代中期の溝や貯蔵穴などが見つかったばかりです。
3年ほど前になりますが、北に300mほど離れた地点でも環濠と考えられている3重の溝が見つかっていて、これとの関連が注目されます。また、集落を区画する溝に柵列が伴う例は、岡山県では矢掛町清水谷遺跡に続いて2例目で、当時の集落の構造を考える上で重要な発見ですね。そうそう、県内最古級(?)の井戸も見つかったとのことで、これもにも注目ですね。
また、こうした調査成果お知らせするため、4月25日(土)に現地説明会を開催するそうです。楽しみな現説になりそうですね。
・・・考古学研究会総会と重なってますけど。やるなぁ。
山陽新聞 「集落と外部を隔てる溝や柵跡確認 岡山の南方遺跡、弥生集落の入り口か」
| 2009年04月21日 00:04
| 岡山県考古学情報, 現地説明会情報
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