千足古墳の公開へ行ってきました

最近大変話題となっている千足古墳の公開へ行ってきました。

千足古墳

千足古墳

この古墳は岡山市下新庄にある5世紀前半に築かれた全長約74mの帆立貝式前方後円墳です。この古墳はその立地から全国第4位の規模を誇る超大形前方後円墳、造山古墳の培塚の一つと考えられています。

内部主体として肥後型の横穴式石室が築かれていることから、造山古墳前方部に残される阿蘇石製の長持形石棺とあわせて、当時の吉備政権が肥後地域と密接な関わりがあった証拠とされるものです。

さて、この古墳ではこの10月から始まった岡山大学のチームによる測量調査に際して、横穴式石室内に残る石障に刻まれた直弧文が大きく損傷していることが明らかとなりました。

劣化判明した千足古墳の3次元計測始まる  – 山陽新聞地域ニュース.

この直弧文は埴輪や刀の柄頭など、古墳時代の様々な遺物に描かれていることで知られている、古墳時代を代表する文様です。吉備で生まれた弧帯文に由来するとされ、この古墳の直弧文はまさに吉備を代表する文様とも言えます。

こんな超一級資料の損傷というとても無惨なニュースに、いつもとは違って遺跡へ向かう足取りも少し重いものとなりました。

千足古墳の横穴式石室

千足古墳の横穴式石室

左の写真が上からのぞいた横穴式石室の様子です。光の加減でかなり見えにくくなってはいますが、写真中央に横たわる石の板が件の石障です。この石障の向かって手前側にあの直弧文が描かれています。

ちなみにこの石室は、調査前まで完全に水没しており、今回の調査のため20年ぶりに水を抜いたところ、今回の発見となったようです。もし、そのままの状態で放置されていたなら、あと数年で取り返しのつかないことになっていたと思います。今回の発見は本当に不幸中の幸いでした。

傷ついた直弧文

傷ついた直弧文

左の写真が傷ついた直弧文のアップです。見てのとおり下半分は完全に融解していて、表面がささくれ立っています。上半分も文様の精彩さが失われていて、新聞報道で見たよりも、かなり痛んでいる印象でした。

この石障は砂岩でできていて、もともとあまり水には強くはなく、約1500年もの間原形を保っていたこと自体が奇跡なのかもしれません。

調査担当の新納先生も言われていましたが、損傷をこれ以上進行させないためにも、石室の一部解体修理以外の選択肢はなさそうです。横穴式石室の入り口から調査を行い、搬出路を確保しないといけません。それに文様の損傷の進行を遅らせるため、防水、除湿、温度管理のための設備も必要で、かなり大がかりな調査になると思います。

今後は管理団体である岡山市の調査にゆだねることとなるのでしょうが、とにもかくにも吉備の誇る一級の資料だけに、できるだけ早い調査と保存処置が望まれます。

南方遺跡の現地説明会が開催されるそうです。

またしても岡山市教育委員会が調査している岡山市南方遺跡で現地説明会が開催されるそうです。

南方遺跡は岡山県の弥生時代中期前半の土器である「南方式」の標識遺跡であり、弥生時代中期の大集落として知られていますが、今回の調査では弥生時代後期の水田や前期の遺構も見つかっているそうです。

南方遺跡で弥生時代後期の水田が見つかるのは初めてではないでしょうかね。

開催日時:10月3日(土) 13:30から
開催場所:岡山市北区南方1丁目地内

ご都合のつく方はぜひどうぞ、って津島のやよい体験講座とかぶっていていけない・・・。

発掘調査のお知らせ

そのほかにも、この日は岡山大学埋蔵文化財調査研究センターでも現説を実施するとの情報が入っていますが、まだ詳細がわかりません。

鬼ノ城大公開が終了しました

鬼ノ城大公開

鬼ノ城大公開の様子

この13日まで開催されていた鬼ノ城の城内調査大公開が無事終了しました。参加していただいた鬼ノ城フレンズ(勝手に命名)の皆さん、どうもありがとうございました。

さて、今回の大公開の見所はなんといっても新たに発見された鍛冶炉だったわけですが、少し玄人向けの遺構であったため、わかりにくかったかもしれませんね。

これまでに西日本を中心として約30か所の古代山城が見つかっていて、福岡県の大野城、熊本県の鞠智城、香川県の屋嶋城、岡山県の大廻り小廻りなどいくつかの城で調査が行われているのですが、城内で鍛冶炉など生産遺構が見つかったことはなく、かなり注目される例です。何を作ったのかがわからないだけに、今一歩踏み込めませんが、もしここで制作された鉄器が見つかれば、当時の築城技術や武装を解き明かす上で大きなヒントになりそうですね。

次回は12月初旬に開催の予定です。では再び鬼ノ城であいましょう!